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TEKKEN 4 · ナンバリング本編

鉄拳4

アーケード
2001-08
家庭用
2002-03-28
機種
アーケード(Namco System 246基板) / PlayStation 2

概要

鉄拳4は2001年8月にアーケード(Namco System 246基板)で稼働し、2002年3月にPlayStation 2版が発売されたシリーズ第4作である。外伝『鉄拳タッグトーナメント』を挟んでの本編登場で、PS2世代のアーケード基板を採用した最初期タイトルの一つでもある。全ステージが3DCGで構成され、フル音声によるダークなストーリー演出など、当時としては先進的な試みが盛り込まれた。PS2版は全世界で400万本超を売り上げ、ファミ通クロスレビューでプラチナ殿堂入りを獲得するなど商業的には成功した一方、対戦面では評価が大きく割れ、シリーズの「黒い羊」と呼ばれることもある実験的な一作である。

ゲーム性・システム

最大の革新は「壁」と地形の高低差を持つ閉じた立体的アリーナの導入である。それまでの平坦で無限に広がる円形フィールドから一転し、相手を壁に押し付けて追撃する壁コンボが可能になった。壁という概念は本作以降シリーズの根幹となり、現代の鉄拳のステージ設計思想の出発点となった。加えて、相手と立ち位置を入れ替えるポジションチェンジ、ラウンド開始前にキャラを自由に動かせる仕様、強化された横移動など、間合いと位置取りを作り替える実験的システムを多数搭載した。空中コンボ偏重だった従来作から、地に足のついた3D空間での読み合いへと方向性を転換しようとした点が特徴である。

対戦環境

対戦では、壁・高低差という新概念への適応が勝敗の鍵となった。壁を背負わせて壁コンボで火力を伸ばす攻め、横移動による回り込みと、それに対する横追い・確定反撃の読み合いが主軸となった。バックダッシュが弱体化したため、従来作で通用した置きと差し返し中心の立ち回りが効きにくくなり、前進・接近寄りの環境になったとされる。一方で壁コンボのリターンや高低差まわりの挙動には不安定さがあり、やり込んだ競技勢の一部はこれを嫌った。海外大会ではジン使いの活躍が目立ち、スティーブ、平八、ジュリア、ポール等も結果を残したが、当時の公式ティア評価は乏しいため特定キャラの断定は避ける。

当時のシーン

本作はeスポーツという言葉が定着する前の時代に属する。海外(主に北米)ではEVOの主要種目として2003・2004年に採用され、JinKidとJackie Tranの二人がEVO 2003/2004で優勝・準優勝を分け合う形となり、当時の北米鉄拳シーンを象徴した。ただし賛否ある作品ゆえ、イベントによっては採用が見送られるなど常設種目としての地位は安定しなかった。日本では2002年に始まった全国大会「闘劇(Tougeki – Super Battle Opera)」の黎明期にあたり、ゲームセンター文化と雑誌・収録DVDを通じて対戦が共有された。常時オンライン配信は未成熟で、コミュニティは実機のあるアーケード現場と口コミ・誌面を中心に形成されていた時代である。

主なシステム

  • ・壁・壁コンボの導入:閉じたステージに壁が設置され、相手を壁に押し付けて追撃する壁コンボが可能になった(以後シリーズの根幹システムとなる)
  • ・地形の高低差(アンジュレーション):坂や段差のある立体的フィールドが導入され、位置関係が攻防に影響するようになった
  • ・ポジションチェンジ:相手と立ち位置を入れ替えるシステム(後の鉄拳5でスティーブの特殊投げに継承された)
  • ・ラウンド開始前の自由移動:戦闘開始前にキャラクターを動かして位置取りできる本作特有の仕様
  • ・横移動(8方向移動)の強化:3D空間での回り込み・サイドステップの重要性が増した
  • ・空中コンボ偏重から地上での間合い・位置取りの読み合いを重視する方向への移動システム再設計
  • ・Namco System 246基板採用による全ステージ3DCG化と高精細グラフィック

この時代に活躍したプレイヤー

この時代の主要大会

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出典

編集メモ(確度・要確認): アーケード稼働は英語版Wikipediaが日本2001年8月1日と明記する一方、日本語版は『2001年8月』で日付まで一致確認していないため、frontmatterは月単位(2001-08)を採用した。PS2版日本発売日は英語版・日本語版とも2002年3月28日で一致し高確度。新規参戦キャラの確定リストは英語版Wikipedia準拠。強キャラ/ティア傾向は当時の公式ティアリストが乏しく大会上位キャラからの推定にとどまるため断定は避けた。日本国内大会の個人成績は信頼できる一次資料が十分に確認できず、特定の日本人優勝者の断定は控えた。

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