TEKKEN 2 · ナンバリング本編
鉄拳2
- アーケード
- 1995-08
- 家庭用
- 1996-03-29
- 機種
- アーケード(Namco System 11基板) / PlayStation
概要
鉄拳2は、初代『鉄拳』の翌1995年8月にアーケード(Namco System 11基板)で稼働を開始し、1996年3月29日にPlayStation版が発売された、シリーズ躍進期を代表する作品である。家庭用PlayStation版はPS用ソフトとして初のミリオンセラーを達成し(日本国内で最終的に約137万本)、全世界でも約570万本を売り上げた。アーケードでも日本国内で1996年の最高売上を記録するなど、初代で得た手応えを一気に「国民的ヒット」へと押し上げた、シリーズのブレイクスルー的タイトルである。
ゲーム性・システム
初代の基礎(左右の腕・脚に各ボタンを割り当てる4ボタン制、リアル寄りのポリゴンキャラ)を継承しつつ、後の3D格闘の核となる要素が芽生え始めた。一部キャラに攻撃リバーサル(当て身返し)が与えられ、バックスロー(背後投げ)、連係投げ(チェーンスロー)、投げ抜け、立ち/しゃがみ時の自動ガードなどが導入された。横移動(サイドステップ)はごく一部のキャラに限定的に搭載された段階で、全キャラへの標準化は次作・鉄拳3を待つことになる。稼働日数に応じて隠しキャラを解禁する「タイムリリースシステム」も正式採用された。家庭用版ではサバイバル・チームバトル・タイムアタック・プラクティスといったモードや全キャラのFMVエンディングが追加され、これらは以後シリーズの定番となった。
対戦環境
対戦の軸は、4ボタンによる連係(ストリング)と浮かせからのコンボ、そして投げと投げ抜けの読み合いだった。強キャラ傾向としては、デビル化による高火力・高速とビーム攻撃を持つ三島一八(カズヤ)、電光石火の昇龍系で高ダメージを与える三島平八、素早い回転技と溜めパンチを備えた王(ワン・ジンレイ)らが挙げられる。アーケード初期版(Ver.A)では風間準に永久コンボが存在したが、改訂版Ver.Bで排除・調整された。地域ごとのスタイル差も語られ、関東勢は手堅い堅実な立ち回り、関西勢は派手な技と攻めの大乱戦を志向したとされる。なお詳細なティア評価の多くは後年のコミュニティ投票に由来し、当時の公式な統一見解ではない点に留意したい。
当時のシーン
日本では新宿プレイマックスなどの有力ゲームセンターが競技の中心地となり、最多勝・常連の上位者の名前と顔写真を店内に掲示する「兵(つわもの)たち」の番付文化が形成された。鉄拳2期には大会が極めて頻繁に開催され、「どこかしらで毎週のように大会が開かれていた」と語られるほどで、関東(堅実・ストイック)対関西(派手・大乱戦)という地域対抗の構図も生まれた。当時はeスポーツ・配信文化以前であり、競技の実体はゲームセンターの対戦台と店頭大会にあった。世界的には、セガ(バーチャファイター)対ナムコ(鉄拳)の3D格闘競争に、カプコンやSNKの2D格闘の隆盛が重なってジャンル全体が最盛期を迎えており、これらの土壌が後年の闘劇・EVO・TWTへと連なる格闘ゲーム競技文化の基盤となった。
主なシステム
- ・攻撃リバーサル(当て身返し)を一部キャラクターに導入
- ・バックスロー(背後からの投げ)の追加
- ・連係投げ(チェーンスロー)の導入
- ・投げ抜け(スロー・エスケープ)の追加
- ・立ち/しゃがみ状態での自動ガード(正面からの攻撃を一定範囲で自動防御)
- ・横移動(サイドステップ)をごく一部のキャラに限定して搭載(本格的な全キャラ標準化は鉄拳3以降)
- ・タイムリリースシステムの正式採用:稼働日数の経過に応じて隠しキャラを順次解禁
- ・家庭用版で追加されたサバイバル/チームバトル/タイムアタック/プラクティスの各モード(以後シリーズの定番化)
- ・全キャラクターに用意されたFMV(ムービー)エンディング
- ・初代を継承した左右の手足対応の4ボタン操作系
この時代に活躍したプレイヤー
出典
編集メモ(確度・要確認): アーケード初期版は1995年8月稼働で月単位(1995-08)を採用した。改訂版Ver.Bの稼働月は出典間で差がある(日本語Wikipedia=1995年10月、Tekkenpedia=1995年9月)。PS版日本発売日は1996年3月29日で安定。横移動の対象キャラ数は出典で食い違い(英語Wikipedia=2キャラ、Tekkenpedia=カズヤ1キャラのみ)、本作の横移動はごく限定的で全キャラ標準化は鉄拳3以降との理解が一般的。キャラ総数は数え方により23〜25と幅がある。プレイヤー情報は後年の座談会証言が主たる根拠で、当時はランキングDBが未整備のため定量的な大会戦績は限定的。ティア/強キャラ傾向はコミュニティ的評価が中心で当時の公式統一見解ではない。
